(森恒ニ/白泉社(ジェッツコミックス)

漫画雑誌「ヤングアニマル」(白線社)で好評連載中。単行本第7巻まで発売中。

「この『ホーリーランド』って漫画はどんな話なの?」
もし聞かれたら、自分は言葉に詰まるだろう。
この記事を描く前に様々な人の感想サイトを覗いたが、自分の納得する解答は無かった。
僕の思う言葉を並べるなら、

  • 「格闘の才能を持った少年が、ひょんなキッカケで才能を開花。ストリートファイトで大暴れ」
  • 「家庭にも学校にも自分の居場所がないと考えている、ひきこもり出身の少年が自分の居場所を探し求める物語」
  • 「作者が路上格闘の最強を追求した作品」

・・・これらの要素が全て、この作品には詰まっている。
そう。「一人の少年のストリートファイトでの活躍を描いた物語」であると同時に「ひきこもり出身の少年が不良の闘争に巻き込まれながらも自分の居場所を捜し求める物語」なのだ。


◆主人公の魅力
この作品の主人公は、自分の居場所を求めて町を彷徨い、闘争のなかで自己確認をし、自分の居場所を見つけていく。

主人公【神代(かみしろ)ユウ】は高校生。学校にも家庭にも身の置き所がなく、自分の存在を確認できずにいた。
ユウはあるきっかけで、ボクシングのワン・ツーを覚え、夜の下北沢でヤンキー狩りをする。
ヤンキー狩りといっても能動的なものではなく、ヤンキーらにからまれ自分を守るためだったが、結果“下北ヤンキー狩りボクサー”の名をつけられてしまう。

・・・これが物語のプロローグだが、この後ユウの意思とは反対に事態はエスカレート。ユウはヤンキー達に仕向けられた刺客と否応無く立ち向かうことになる。
ひきこもり出身の少年がヤンキーの刺客を返り討ちにしていくのは実に痛快だが、僕が魅力を感じるのはそこだけではない。
学校や家庭から逃げ込むように、街を彷徨うユウは、ヤンキーらとの戦いの中で初めて自己確認をし、自分の居場所を見つけていくのだが、そこで描かれる心の動きは、リアルだ。

ストリートファイト漫画?

ストリートファイトを描いた作品」というと、同じ雑誌で連載されている「エアマスター」を想像される人も多いと思う。だが同じストリートファイターを描いた作品でも全く違う。
エアマスター」は、(特に最近は)ルールに従った喧嘩で、どちらかというと格闘技に近い感がある。
だが、「ホーリーランド」で描かれる戦いは、不良同士の喧嘩の延長だ。だから、ここでは格闘技の技に優れたものが勝つとは限らない。ようするにどんな手段を使っても相手を屈服させたら勝ちなのだ。そこにはルールも騎士道も無い、血生臭い喧嘩だ。けれども、そこにはリアルを感じるのだ*1
身近な喧嘩に近いからこそ、主人公がピンチに陥ったときには、リアルな危機を感じられるのだと思うのだ。



◆路上格闘がテーマ・・・?
それは、半分は正解かもしれない。
作品の各所で作者が語る格闘についての解説には、こだわりを感じる。
そう言う意味では「頭文字D」に似ているだろうか?
ちゆ12歳」などでもネタにされているし、各所の感想でもその辺りに感心を持っている人も多い。
僕もその辺りは楽しく読んでいるが、僕にとっては、作品の味付けの一つに過ぎないように感じられる。

◆僕にとっての「ホーリーランド
この漫画は、読む人にとって異なる味わいのある作品だろう。
「ヒッキーが主役のストリートファイト漫画」
「路上ではどの格闘技が一番強いのか?・・・を描いた漫画」
「読んでるだけで自分が強くなった気がする漫画」

OK。それもこの作品の一面だ。
だが僕にとってのこの漫画は、やはり主人公の少年の成長物語だ。
・・・
だれも、自分の居場所を欲しているのではないだろうか?
神代ユウ】は、ただ自分の居場所を求めている、どこかにいてもおかしくない、弱いキャラだ。その【ユウ】が逃げるのをやめたとき、物語は始める。その物語が「ホーリーランド」なのだ。

*1:エアマスター」は超人の活躍する格闘漫画だと自分は思う。ただ、決して「エアマスター」を否定しているわけではないので。念のため。てゆーか、ワシ「エアマスター」好きだし